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Take's Diary Channel

藤子F先生とディズニーと時々ITな一般市民のおぼえがき。書籍紹介多め

「嫌われる勇気」ドラマ放映開始! 原作本を読んで理解を深めよう!

『嫌われる勇気』 著:岸見一郎・古賀史健

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こんにちは、たけちです

今週からドラマ「嫌われる勇気」がスタートしますね。香里奈主演ということで私もワクワクしております。

このドラマの肝となるだろう著書「嫌われる勇気」、皆さんはお読みになられたでしょうか?

この本はアドラーという心理学者が提唱した「個人心理学(別称アドラー心理学)」を一意に信じる哲人と、ネガティブな考えをもつ青年との対話によって成り立つ本で、心理学について紹介し、考え方を学ぶことのできる本です。

全ての悩みは対人関係によって生まれる というアドラーの考え方、自己受容、他社信頼、他社貢献による幸せの追求等、周囲と比べたり、競争社会で四苦八苦している、「今」を生きる人の代表として青年がその考え方を論破しようとするため、感情移入しやすく、解りやすいです。

私は基本的にネガティブで否定的な面があります。いわゆる劣等感というものに苛まれ、いつも怯えながら過ごしていると言っても過言ではありません。

周囲との比較で自分を低く見積もってしまう、そんな経験皆さんにもありませんか?

そんな時にこの本に出会い、少しずつではありますが考え方が変わってきました。

本記事ではこの書籍について私が気になった点、思うところについて簡単にお話ししたいと思います。

1.アドラーについて

ルフレッド・アドラー(1870-1937) オーストリア出身の精神科医、心理学者、社会理論家。ジークムント・フロイトおよびカール・グスタフユングと並んで現代のパーソナリティ理論や心理療法を確立した1人。 初期の頃のフロイトとの関わりについて誤解があるが、アドラーフロイトの共同研究者であり、1911年にはフロイトのグループとは完全に決別し、個人心理学(アドラー心理学)を創始した。

アドラーは、あの有名なカーネギーにも「一生を費やして人間とその潜在能力を研究した偉大な心理学者」と評されているほどの人物だったそうです。

こんな人が考える理論なら、信用に足るかもしれない。そう思いました。

元々精神科医でもある彼は、人の考えることやどうすれば安定した気持ちになれるのか、職業柄わかってしまうのかもしれませんね


2.原因論と目的論

アドラーが提唱する考え方の一つに「目的論」というものがあります。

「目的論」とは、何かしらの目的を達成するために行動があるという考え方です。 対となる考え方に「原因論」があります。これは言葉の通り、何か原因があったためにその行動は引き起こされた、とする考え方です。

言葉で説明してもいまいち理解できないかもしれませんね。例えば

ついカッとなって大声を出して怒った」

これは「原因論」に則った文言です。この行動を「目的論」的に説明すると

「大声を出すために怒りという感情を持ってきた」

となります。私も最初は理解に苦しみました。カッとなったから怒鳴ってるだけじゃボケー!!と言いたくなります。
現に本のなかで青年が大反論しております。が、哲人は人間は感情の奴隷ではないと言います。

ここでもう一つたとえ話をします。

あるお母さんが悪さをした子供に対して怒っています。そこへ一本の電話がなりました。
お母さんは電話に出て、普段通りのトーンで話します
電話が終わると、再度子供に説教の続きを始めました・・・

日常でよくある光景だと思います。皆さんにももしかしたら経験があるかもしれません。
しかしよく考えてみてください。お母さんは「怒り」の感情を自ら抑えることができているのです。
つまり「感情」は自分で制御できる。人間は感情の奴隷ではないのです。

こう言われると「目的論」がだんだん納得できるようになりました。
自分が物事をさぼったり、ついついネットサーフィンしてしまうのも「ついだらだらしてしまった」ではなく
「行動したくないという目的のために怠惰という感情を持ち出した」のかもしれません!

理由は自分の行動によって決定されるのではなく、行動に与える意味によって決定されるのではないでしょうか?


3.性格は変えられる

「目的論」の考え方は理解できました。しかし本中の青年は再び哲人につっかかります。
いくらその考え方ができたとして、現状や周りの環境などは、変えることができないじゃないか。と

アドラー心理学では、気質や性格のことを「ライフスタイル」と呼んでいます。
例えば「悲観的な性格」「悲観的な世界観を持っている」と言い換えることができます。
性格だと変えられそうにないですが、世界観ならば変えることが可能だとアドラー心理学では言われています。
そして、今我々が変われていないのは、変わらないという不断の決断をしているからであると哲人は言います。

確かに私は大きな変化を拒む傾向があります。勇気が出ない、今いる場所にいることで安心感を得るだけで何もしたくない。
「私は行動さえすれば変われる」と心の中で可能性を残して・・・

「もしも〜だったら」と可能性の中に生きているうちは、変わることなどできません
そういう人は、どんなに後になっても別の理由を見つけて結局行動しません。
とにかく応募してみればいいんです。失敗するかもしれないけど、かならず、前に進むことができます。
わたしはわたしのまま、ただ「ライフスタイル」を選びなおせばよいだけなんです。

なぜこんな考え方ができるのか。それはアドラーの「目的論」にあります。

そもそもなぜ悲観的だったり行動できなかったりするのでしょう?
それは行動の結果、''他者から批判を受けたり嫌われたり、対人関係の中で傷つくことを過剰に恐れているから''ではないでしょうか。
私も含め、そういう人の目的は「他者との関係のなかで傷つかないこと」なのです。
逆に言えば、対人関係の悩みさえなければ、私たちは自由なのです。

他の人が誰もいない世界を想像してみてください。

他に誰もいない・・・
ガミガミ小うるさい上司・・・・
出来がよく劣等の対象となる友人・・・・
マックの注文で少し迷っただけで不機嫌な顔をする店員さん・・・

誰もいなくなれば周りをきにする必要が一切なくなることがわかると思います。
こう考えると、確かに人類の悩みは突き詰めると「対人関係」に依存していることが理解できると思います。

しかしながら、他者と切り離して完全に一人で生きていくことは不可能です。
では一体どうしたらこの悩みをなくすことができるのでしょうか?


4.劣等感のあり方

他の人と自分を比較して「自分はなんてダメなやつ何だろう」と落胆してしまう。なんてことありませんか?

私はあります。この「劣等感」を抱えながら毎日過ごしてきました。
前章では、これが完全に対人関係からもたらされていることがわかりましたね。

今度は劣等感について考えてみましょう。劣等感とは一体何なのか?アドラー心理学上では、以下のように考えます

「劣等感は客観的な事実ではなく、主観的な解釈でしかない」

そもそも劣等感とは自分の中のモノサシでしかありません。他者の評価とは全く関係ないのです。
そしてさらに、私たちが抱いている劣等感は、アドラー的には「劣等コンプレックス」と呼びます。
「劣等感」は例えば、「自分は周りより記憶力がないから、人一倍頑張ろう」と考えること
一方「劣等コンプレックス」は「自らの劣等感をある種の言い訳のように使う状態」のこと

劣等感を抱くこと自体は全く悪いことじゃないと書籍中の哲人は話します。
そして健全な劣等感は常に「理想の自分との比較」から生まれると。
誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのです。
私もいつもそうでした。「劣等コンプレックス」を抱き、いつも周りと比較して、ダメだダメだといい続けて行動を抑制していました。

     それが何の解決にもならないことを知っていたのに    

アドラーの考えに沿うならば「他者に低く評価されたくない」という目的のために自分から評価を下げていた。というところでしょうか。
皆さんも「劣等コンプレックス」に陥らず、純粋な劣等感をもって、前に進みましょう!

もちろん、私も含めて・・・


5.人生のタスク

最後に、人生において最大のタスクは何なのか、ということについてアドラー心理学は論じます
人生のタスクとは

行動面
1.自立すること
2.社会と調和して暮らせること

心理面
1.わたしには能力があるという意識
2.人々はわたしの仲間であるという意識

これはある程度スッと納得できます。様々な人や事情がありますが、突き詰めればこれらのタスクを満たすことで
我々は幸せになれるのではないでしょうか?
そして今までの目標は、この人生のタスクと向き合うことによって達成することができます

哲人は、一番いけないのは「このまま」の状態で立ち止まることだと話し、様々な口実を設けて人生のタスクを回避しようとする状態を「人生の嘘」と称しました

では、今ある「人生の嘘」から逃れ、自由に人生のタスクの達成を目指すためには何が必要なのでしょうか?
ここでこの本のタイトル、伏線の回収があります(大げさか)

自由とは「他者から嫌われる」ことである

他者の評価を気にせず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないというコストを支払わない限り、自分の生き方を貫くことはできないのです。
関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他者のために生きる不自由な生き方です

ここで多くの方が「嫌われるようなことをしても良いのか」と誤解されています。
(実際今回放映されたドラマを見るとそう解釈してもおかしくないような場面がチラホラ・・・・ここでは割愛します)

人生のタスクを達成するためにすべきことは、「他者から嫌われる」ことを恐れずに以下の状態を受け入れることなのです。
-自己受容:現在の自分の状態を受け入れること。できない自分をありのままに受け入れ、向上させるにはどうすべきかをかんがえること
-他者信頼:他者を信じるに当たって、一切の条件をつけないこと。信頼に足るだけの客観的根拠がなくても信じること
-他者貢献:他者に貢献していると「わたしが」思えることで、自分に価値があるのだと実感できる。貢献は、誰かに尽くすことではなく、自分の価値を実感するためにある。

アドラー心理学では、これらを意識することで人生をより豊かにすることができるとしています。
綺麗事かもしれません。現に私も最初はそう思いました。しかしそうではありません。
どんな状況でも、自分の考え方、心の持ちよう一つで人生は明るくも暗くもなるのです。

そんな考え方をこの書籍から学べたような気がします


6.まとめ

いかがだったでしょうか?

この本を読んで、思ったことの半分も伝えられた気がしませんが、少しでも興味を持っていただければ幸いです。

自分の人生を振り返り、無駄なことに悩み続けていたんだと思えて、私は変わろうと決意できました

今ある日常を楽しく生きるために、この心理学は有用だと思います。時間があれば、ぜひ実際に本を読んでみてください

最後に、著書の中で一番印象人凝っているセリフを借りて終わりにしたいと思います。

人生とは、今この瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのだ。

ふと周りを見回した時に、こんなところまで来ていたのか、と気づくもの。

山の山頂を目指すのではなく、道中を楽しむものなんだ。過去にどんなものがあったかなど、

あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど、「いま、ここ」で考える問題ではない。

「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉などでてこない。

人生は常に完結している。人生における最大の嘘は、「いま、ここ」を生きないこと

世界は、誰かが変えてくれるものではない。自分が変わって、初めて世界が変わるのだ。

周りばかり見ていた自分が、悩まずに進むためには、いま、ここを生きることが大事だし、
他者がわたしをどう思うかは他者の問題であってわたしの問題ではないのだ。
わたしはただ、わたしのまま、「いま、ここ」を生きていけばよい。

勇気を持てば世界はとてもシンプルになる